金曜日の帰り道に出会った、ある盲目の男性の話

毎週金曜日、私はオフィスに通っています。人と交流したり、ネットワーク作りには良い時間ですが、往復で4時間もかかるので、時々「家で働いた方がよっぽど生産的では?」と思うこともあります。


でも今日、その帰りの電車で、とても心に残る出来事がありました。

席に座ってしばらくすると、目の不自由な年配の男性が、私の前の席に座りました。彼はきちんとアイロンされたシャツとズボンを着ていて、長いバッグを持っていました。そのバッグの模様を指先でなぞり、触れて理解しようとしているようでした。

その光景を見た瞬間、胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうになりました。
「彼は何をしたから、こんな運命を背負うことになったんだろう?これは神様の罰なのか?」そんな思いが頭の中をよぎりました。

私たちは服の色やデザインを気にして、何時間も買い物に悩んだりします。でも彼は、自分が着ている服の色も、誰かに聞かなければ分からない。それでも「似合ってますよ」と言われれば、きっと笑顔になるのでしょう。自分の目で見ることができない分、判断も人に委ねるしかないのです。

それに比べて、私は何でも見えて、選べて、感じられる。それだけでとても恵まれているんだと思いました。

家に帰ってから、母にこの話をすると、私は感情が溢れて声が震えてしまいました。そして「彼は前世で何か悪いことをしたのかな」と聞くと、母は優しく言いました。
「そんな風に考えないで。むしろ、彼は幸せかもしれないよ。世の中の見た目や誘惑に惑わされることなく、静かに生きられるから。」

確かに、彼はこの“色のある世界”を知らないから、過剰に悩んだりすることもないのかもしれません。それはある意味、自由なのかもしれない…そう思うと、少し心が落ち着きました。

彼が「目が欲しい」と強く願っていないことを、私は祈ります。そうでないなら、彼は今のままで満たされているのかもしれません。
そして、私たちも「足りないもの」ではなく「持っているもの」に目を向けて、生きていけたらいいなと思います。

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